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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)3484号 判決

控訴人 林賢一

被控訴人 林由紀

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取消す。控訴人と被控訴人とを離婚する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。

1  控訴人の主張

(一)  被控訴人は、気が強く、金銭に執着心があり、他の人の立場を考えないマイペースの人間で、自分の意見に固執し、その態度を改める努力を全くしなかつた。控訴人は、どちらかといえば消極的な人間で、自分が意見を言つても被控訴人が会くこれを受け入れないので、自然に言わなくなり、その結果夫婦の会話が少なくなり、意思の疎通を欠くようになつた。

また、被控訴人は、被害妄想的であり、控訴人に他に女性がいると決めつけて控訴人を責め立て、控訴人が事実無根であると告げてもこれを受け入れないので、控訴人も何を言つても仕方がないと思い、被控訴人が責め立てるのを受け流すようになつた。

控訴人においても、仕事や仕事上の付き合いを一義的に考えていたこと、喧嘩をしてでも夫婦や家族のことを話し合おうとすることをしなかつたことなど、婚姻生活が破綻に至つたことについて全く責任がないわけではない。しかしながら、破綻の原因は多分に被控訴人にも認められるのであつて、右破綻について控訴人のみを有責配偶者であるとすることはできない。

(二)  有責配偶者からの離婚請求であつても、別居生活が相当な長期間にわたつており、子の福祉を害しまたは妻が経済的苦境に立つこともない場合には、離婚請求が認められるべきである。控訴人と被控訴人の別居生活は昭和55年4月から今日に至つており、両名の間の子3名はいずれも社会人となつていて離婚によりその福祉が害されるということはなく、被控訴人には相当な収入があつて離婚により経済的苦境に立つこともない。

以上により、仮に控訴人が有責配偶者であるとしても、その離婚請求は認められるべきである。

2  被控訴人の主張

控訴人の主張(一)、(二)は争う。

3  当審における証拠関係は、本件記録中の当審書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当審も、控訴人の本訴請求は、これを失当として棄却すべきものと判断するが、その理由については、左に付加、訂正するほか、原判決がその理由において説示するところと同一であるから、これを引用する。

1  原判決4枚目裏4行目「甲第1号証、」の次に「原審」を加え、5行目「原告本人尋問の結果」を「原審及び当審における控訴人本人尋問の結果」と、6、7行目「被告本人尋問の結果」を「原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果」と各改める。

2  同5枚目裏2行目「長男」の次に「(昭和28年9月16日生)」を、3行目「二男」の次に「(昭和30年9月1日生)」を、6行目「三男」の次に「(昭和39年12月7日生)」を各加える。

3  同6枚目表9行目「やっていた。」を「渡していた。」と改め、裏9行目「貸家を建て、」の次に「被控訴人と長男の共有とし、」を、「その家賃」の次に「月額16万円の半分8万円から借入金の割賦払分を控除した約5万円」を各加える。

4  同8枚目裏9行目「生活している」の次に「(ただし、右企業年金については、本訴第一審判決以後の昭和62年3月以降は控訴人において受領し、被控訴人には渡されなくなつた。他方、控訴人は、前記ビル1階の喫茶店からの収益、2、3階の貸事務所の賃料収入と厚生年金及び右企業年金を受領するようになつてからはこれも加えた収入で生活している。)」を加え、10行目「原告本人尋問の結果」を「原審及び当審における控訴人本人尋問の結果」と改める。

5  同9枚目表2行目「完全に」を「殆んど」と、6行目「原告からの」から8行目「免れない。」までを「控訴人からの民法770条1項5号に基づく本件離婚請求を被控訴人の意に反して認容することが相当であるか否かについて検討するに、有責配偶者からされた離婚請求であつても、夫婦の別居が相当の長期間に及び、その間に未成熟の子もないような場合には、相手方が離婚により精神的、社会的、経済的に極めてきびしい状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない限り、右請求が有責配偶者からの請求であるとの一事をもつて許されないとすることはできないものと解されるが、本件においては、前示のとおり、控訴人と被控訴人との間の子3名は既に成年に達して就職し、経済的にも独立しているといえるが、双方の別居生活は、その合意によるものではない上に、昭和55年4月からであつて、必ずしも相当の長期間にわたつているものということはできず、また、前示の如き被控訴人の資産、収入の状況を考えると、今後における被控訴人の経済的基盤も到底安定しているものとはみられないので(当審における控訴人本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第6、7号証の各1によれば、現に前記○○の家の一部の賃貸借をめぐり控訴人が賃借人である第三者に明渡を求めるなどの問題が発生していることが認められるし、右控訴人本人尋問の結果によつても、離婚が成立した場合は、控訴人は被控訴人に対し、全財産の半分程度は分与してもよいとか、右○○の家の敷地の2分の1を分与し、その余は自らの生活設計のために処分するほか被控訴人に対してはさらに月々の生活費を送つて老後の生活が成り立つよう配慮するというのみであつて、その方策については具体性を欠くばかりか被控訴人が現に居住している右○○の家屋全部を被控訴人のため確保ないし分与する意思もなく、被控訴人の今後の居住場所につき殆んど配慮していないことが窺われる。)、控訴人の本件離婚請求はすでにこの点においてその正当性を欠くものというべきであるが、さらに加えて右控訴人本人のいうところによれば、控訴人が被控訴人本人の述べるように他の女性と自由に交際しあるいは生活を共にせんがために被控訴人との離婚を図ろうとしているものとまでは確認し難いものの、離婚によつて相互にすつきりした気持になつて財産関係も整理した上、老後をたのしむことに本件離婚を求める主眼があるというのであるから、その申し条にはいささか身勝手な面があるものと認められるので、控訴人の本件離婚請求は正義、公平の観念、社会的倫理観に照らしても、信義誠実の原則に反するものとしてこれを容認することができないものというほかはない。」と改める。

二  以上の次第で、控訴人の本訴請求は、これを失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法95条、89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村修三 裁判官 山中紀行 関野杜滋子)

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